ランニングにおける荷重トレーニングの効用とは
ウエイトベストや足にウエイトをつける方法などで身体に適度な重さを加えて走る「荷重トレーニング(Weighted Running / Wearable Resistance)」は、ランナーの走力向上を狙う新しいアプローチとして注目されています。海外の研究によると、短時間の荷重刺激によって、着地から反発して前へ進む力が高まり(leg stiffness:脚の“バネ”の働き)、ランニング効率が良くなる可能性が示されています。ただし、やり方によってはケガや疲労の原因になることもあるため、体に負担のない範囲から慎重に始めることが重要です。
荷重トレーニングのメリット
1. ランニングエコノミー(Running Economy)の向上
ランニングエコノミーとは、同じスピードで走る際に「どれだけ少ないエネルギーで走れるか」を示す指標のことで、言わばランナーの“燃費の良さ”を表します。
短時間の荷重ウォームアップを行った後、このランニングエコノミーが改善したという報告があります。これは、着地時に筋や腱が反発力をより効率よく使えるようになり、同じスピードでもエネルギー消費が少なくなる可能性を示しています。
2. ピークスピードの向上(レース前の“刺激入れ”として有効)
短時間の荷重ウォームアップを行うと、その直後に最大速度であるピークスピードがわずかに向上したという報告があります。これは、筋肉が素早く反応しやすい状態になり、神経系の動きが活性化することで、走り出しのキレや加速がスムーズになるためと考えられています。特にレース前の仕上げとして取り入れると、体が軽く感じられ、テンポ走やスプリントで“スッとスピードに乗れる感覚”が生まれやすくなる点がメリットです。
3. 心肺負荷・エネルギー消費量の増加
身体にわずかな荷重を加えて走ると、同じペースでも心拍数や酸素の消費量が高まり、自然と運動強度が上がります。走りそのものは普段と同じでも、体は「より重いものを運んでいる状態」になるため、短い時間でもしっかり心肺に負荷がかかるのが特徴です。
そのため、時間が限られている日でも効率よくトレーニングしたいランナーや、心肺機能をもう一段高めたいランナーにとって、有効な選択肢となり得ます。
4. 筋や骨にも適度な負荷がかかりやすい
身体に少し重さを加えて走ると、脚だけでなく、お尻まわりや体幹といった普段のランニングでは使い切れない部分にも負荷が入りやすくなります。こうした動きの広がりによって、筋力の底上げや、骨に対する刺激が増えて骨密度の維持に役立つ可能性があります。
特に、走りの安定性を支える臀部や体幹部の働きが強まると、フォームのブレが少なくなるというメリットも期待できます。
リスクと注意点
荷重トレーニングは工夫次第で効果的な手法になりますが、使い方を誤るとケガや疲労の原因にもなりかねません。特に、重さの設定や走る時間を適切にコントロールしないと、身体に負担が集中してしまうことがあります。実践する際は、以下のポイントをあらかじめ踏まえておくことが大切です。
1. 荷重量が大きすぎると逆効果
体にかかる重さが大きくなりすぎると、走り出した直後から脚に余計な負担がかかり、動きが重く感じられるようになります。
実際、体重の10%のウエイトベストを使ってトレイルランナーを対象としたテストでは、0%や5%の負荷よりも早い段階で疲労が進み、走行の持続時間が短くなるケースが報告されています。
こうした状態が続くと、フォームの崩れや着地衝撃の増加につながり、結果としてパフォーマンスが落ちるだけでなく、膝や腰のケガにつながるおそれもあります。
2. 関節やフォームに余計な負担がかかりやすい
身体に重さを加えて走ると、着地のたびに衝撃が大きくなり、その影響で上半身が後ろに傾いたり、背中が丸まったりと、姿勢のバランスが崩れやすくなります。姿勢が乱れると、着地の位置もぶれやすくなり、膝・足首・腰などの関節に普段以上の負担が集中してしまいます。
こうした負荷が積み重なると、筋肉や腱に余計な張りが生まれ、フォームがさらに乱れる悪循環に入る可能性があります。結果として、痛みやケガのリスクが高まるため、ウエイトをかける場合はまず姿勢が安定していることが大前提になります。手首、足首といった身体の末端よりも、太ももなどの近位に装着することで関節への負担は小さくなり、フォームの乱れは防ぎやすくなるでしょう。
3. 長距離ランナーでは効果が変わる可能性があり、使い方の工夫が必要
荷重トレーニングに関する報告は、短距離や短時間の刺激を扱ったものが中心で、マラソンのように長い距離を走る場合に、どのような効果が続くのかについてはまだ明確ではありません。
長距離では着地回数が増える分、身体への蓄積負担も大きくなる可能性がありますが、これは「短い時間にとどめる」「ウォームアップの一部として取り入れる」など、使い方を調整することで避けることができます。短時間の刺激として使うことで、脚の動きが速くなりやすいという利点も期待されます。
こうした点から、長距離ランナーの場合は、自分の目的や体調に合わせて、無理のない範囲で補助的に取り入れるというスタンスが現実的です。
荷重トレーニングを試す前に押さえておきたい3つのポイント
荷重をつけて走ると、普段のランニングとは身体への負担のかかり方が少し変わります。新しい刺激として活かすためにも、まずは次の3点を意識しておくと安心です。
1. 荷重で変わりやすいポイントを少しだけ意識しておく
荷重をつけて走ると、体の軸の傾きや着地位置など、普段は気にならない部分がわずかに変わることがあります。あらかじめ「自分はどこがブレやすいのか」を軽く把握しておくと、荷重を加えたときの違いを見つけやすく、重さの調整もしやすくなります。
2. 重さと時間は控えめにして様子を見る
いきなり重くすると体が驚いてしまうため、まずは“軽め・短め”を基本にするほうが体の反応を確かめやすく安全です。
「短いウォームアップのあいだだけ使ってみる」など、小さな範囲から始めて調整していくと、自分の走りに合う使い方が見つかりやすくなります。
3. 荷重中はフォームの崩れがないかを判断材料にする
実際に重さをつけて走り始めたら、姿勢が傾いたり、着地が雑になったりしていないかを確認することが重要です。
荷重によってフォームが保てないと、身体のどこかに負担が偏りやすくなるため、普段どおりの動きができているかどうかを目安にしながら、重さや使う時間を調整すると安全に続けやすくなります。
このように荷重トレーニングは、ランニングエコノミーの向上やスピード感の改善など、日々の走りに新しい刺激を与えてくれる手法です。
一方で、重さや使う時間によって身体への負担が変わるため、まずは軽い重量で短い時間から試し、フォームが保てているかを確認しながら調整していくことが大切です。どのようにトレーニングに反映したらよいか自信がなく、確実にその効果を得たい場合には、自身の感覚に頼らず、経験ある有資格のトレーナー(日本スポーツ協会アスレティックトレーナー、NSCAなど)に相談すると良いでしょう。無理のない範囲で取り入れていけば、練習のバリエーションを広げる新たな選択肢として活用できます。
参考文献
- 日本シグマックス株式会社. SPORTS MEDICINE LIBRARY. ZAMST.
- Barnes KR, Hopkins WG, McGuigan MR, Kilding AE. Warm-up with a weighted vest improves running performance via leg stiffness and running economy. J Sci Med Sport. 2015;18(1):103-108.
- Bertochi L, et al. The use of wearable resistance and weighted vest for sprint-running: a meta-analysis. Sci Rep. 2024;14:54282.
- Martínez-Noguera FJ, et al. Effect of weighted vest at 0%, 5% and 10% of body mass on performance during running in trained runners. Sports. 2024;12(9):229.
- Sato K, et al. Training with wearable resistance: An evidence-based review. Sports Med. 2019;49(4):539-552.
- Jones B, et al. Wearable resistance training and its acute and long-term effects on performance: a systematic review. Int J Sports Physiol Perform. 2018;13(8):1027-1035.
記事監修・トレーナー

- 遠山 健太さん
- ワシントン州立大学教育学部小等学科卒業。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科修了。株式会社ウィンゲート代表取締役。全日本モーグルチームのトレーナーとして、トップアスリートのトレーニング指導に携わってきた一方で、子どもの運動教室「ウィンゲートキッズ」のプログラムを開発するなど、子どもの体力向上についての研究も行っている。家族体力測定イベント「マイスポ」で第11回健康寿命をのばそう!アワード(生活習慣病予防分野)の企業部門において、スポーツ庁長官優秀賞を受賞。著書に、『るるぶKids こどもの運動能力がぐんぐん伸びる公園 東京版』(JTBパブリッシング)、『コツがつかめる! 体育ずかん』(ほるぷ出版)などがある。